A Good Old Memory |
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ニュージーランドの観光所で [’91年8月18日撮影:晴れ] |
羊たちとの記念撮影をした観光名所は、よく渡航していた師匠が知っていました。その他、ロトルアのリュージュのこととか、とても勉強になったのを覚えてます。現時点、役に立ってるか立ってないか、疑問ですが貴重な体験でした。
また、ニュージーランドに渡航できたらいいなと思います。あの頃の夢うつつか、名残を惜しむ思い出です。キゥイという飛ばない鳥や、果物のキゥイも美味しかった。
ニュージーランドに渡航した最大の目的はスキーのレベルアップが最大の目的でした。SIAの方々とも会い、いろんな滑り方、理解と解釈、教え方を教わりました。パラレルから覚えるスキーは、驚嘆でした。
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スキー場で師匠と記念撮影 [’91年7月30日撮影:晴れ] |
スキー場では、お師匠さんに付き添い、競技のスキーを教わりました。調子に乗った自分が、日に当たり溶けて風に叩きつけられた雪面に入り、青い氷の上を滑ってたこともあります。危険なのでもう入るなと怒られたのを覚えてます。
レストハウスでは、カプチーノが美味しくて、よく飲んでました。あの頃は良かったなぁと、つくづく思います。
南島のクィーンズ・タウンに向かう途中での景観です。ニュージーランドを見つけただったか?最初、クック船長が見つけたことで、山の名前が「マウント・クック」だと聞きました。
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身体のスタイルがまだマシ。 [’91年9月5日撮影:晴れ] |
まだ、21歳なのでスタイルが良かったんだなと思いました。胃潰瘍ができる随分前です。ほんと、この頃の人生に戻りたいと思ってます。
北島から南島へ向かうには、お師匠さんの車で向かいました。なぜか旅人になった気分でした。
南島から北島へ帰る途中です。フェリーで渡ることになります。ウェリントンの港へ着きます。迷惑ばかり掛けたのでお師匠さんは疲れて黄昏れてます。
この時点では日本で英語が必要になることは考えてません。しかし2024年現在では政府の政策で日本国内でも英語が必要になってきます。この時の英会話の練習で熟知され、これからも英会話を独学で学習しようと思いました。
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北島へ向かう船の上で。 [’91年9月15日撮影:晴れ] |
私も何も考えずに、もうすぐ日本に帰ることになる。頭の中でよぎる物がありました。何も起きてなくて、何も考えなくていい状態に戻りたいと何度も思いました。
海は穏やかで、ゆっくり船旅を満喫しました。日本に帰っても穏やかにすごせたら良いのにと思いました。
南島で滞在させてもらえて一般家庭です。とてもありがたく、すごさせてもらいました。’91年当時は、ビザ無し滞在でしたが学生の身分だったので許されてました。それと購入した飛行機のチケットが3ヶ月間の滞在期間があるもので日本とニュージーランドを往復するのに3ヶ月のあいだがあいてました。 この当時は許可されてました。あの頃から私には何もなく気にしなくて良いことだと思ってました。あとは、それと近くに師匠の蔦原克典さんが傍に居た事実がありました。 ビザなし渡航でしたがビザがあるなしは気にしなくて良いことだったと思います。渡航先によって必ずビザがいる国があるとは聞いたことがあります。こんな話したっだと思います。
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ホームステイの庭先で。 [’91年9月10日撮影:晴れ] |
そういえば、豚や羊の飼育や放牧もやっていたと思います。今考えてみれば一般家庭ではないですね。子豚が逃げるのを追いかけ回した思い出がありました。